【ASD・ADHD】文字が読めない・書き写せない…そんな悩みを解決！
何気ない私たちの日常生活は、絶え間なく流れるたくさんの情報の中にあります。多くの人々は、この情報の波に揉まれながらも、必要なものを素早く選び取り、日々の活動をスムーズに進めています。しかし、発達障害を持つお子さんの中には、この情報の整理や処理に困難を感じる方が少なくありません。黒板の板書が移せない、プリント学習でプリントの意味が分からない、目の前にあるものが見つけられない、学校を一人で歩いて行かせるのに心配がある。これらの悩みは、単なる「不注意」や「怠慢」ではなく、脳の情報処理システムの特性に起因していることが多いのです。
本記事では、このような情報整理の困難さを抱えるお子さんとそのご家族に向けて、ビジョントレーニングを中心とした支援方法をご紹介します。視覚情報の処理能力を向上させることで、日常生活や学習活動がより円滑になる可能性があります。
なぜ「見える」のに「できない」のか？発達障害と視覚認知
「見える」という行為は、単に光が目に入るだけではありません。私たちの脳は、目に入ってくる膨大な情報の中から、必要なものだけを選び取り、意味のある形に組み立てています。この過程を「視覚認知」と呼びます。
発達障害、特に自閉症スペクトラム障害（ASD）や注意欠如・多動性障害（ADHD）のあるお子さんの中には、この視覚認知のプロセスに独特の特徴がある方がいます。例えば、細部に注目しすぎて全体像が掴めない、逆に全体ばかりに気を取られて細部を見落とす、といったことが起こりやすいのです。
また、協調性運動障害（DCD）を併せ持つ場合、目と体の協調も難しくなります。例えば、ボールを追いかける際に、ボールの動きと自分の体の動きをうまく合わせられないといった困難が生じます。
これらの特性は、学習面にも大きな影響を与えます。黒板の文字を正確にノートに写せない、プリントの問題文から重要な情報を抜き出せない、といった困難は、まさにこの視覚認知の特性が関係しているのです。
ビジョントレーニングで何が変わる？具体的な効果
このような視覚認知の困難に対して、作業療法の一環として行われるビジョントレーニングが効果を発揮します。ビジョントレーニングでは、主に以下のような能力の向上を目指します：
・目の動かし方：滑らかで正確な眼球運動は、読書や書字の基礎となります。左から右へ、上から下へと適切に視線を移動させる訓練を行います。
・情報のピックアップ：必要な情報を素早く見つけ出す能力を養います。例えば、たくさんの図形の中から特定の形を探し出す課題などが用いられます。
・視覚的注意：広い範囲に注意を向けつつ、特定の対象に焦点を当てる能力を鍛えます。これは、周囲の状況を把握しながら歩いたり、黒板全体を見渡しつつ必要な情報を書き取ったりする際に重要です。
・視覚記憶：見た情報を短期的に記憶し、再現する能力を向上させます。これは、板書を写す際などに役立ちます。
これらのトレーニングは、単調な繰り返しではなく、遊び心を取り入れた楽しい活動として行われることが多いです。お子さんの興味や得意分野を活かしながら、少しずつスキルを積み上げていきます。
スポーツで視覚能力を鍛える！
ビジョントレーニングは、室内での静的な活動だけでなく、スポーツや外遊びの中でも行うことができます。これらの動的な活動は、視覚情報と身体運動を結びつける絶好の機会となります。
例えば、ボール遊びは周辺視野を広げるのに効果的です。ボールの動きを追いながら、同時に周りの状況を把握する必要があるからです。キャッチボールやドッジボールなどの球技は、目と手の協調性も養えるため、一石二鳥です。
また、鬼ごっこのような追いかけっこ遊びも、空間認知能力や状況判断力を養うのに役立ちます。逃げる側は周囲の状況を素早く把握し、最適な逃げ道を選ぶ必要があります。これは、学校の登下校時に道路を安全に渡ったり、人ごみの中を歩いたりする際にも活きてくるスキルです。
さらに、なわとびや縄跳びは、リズム感と視覚-運動協調を同時に鍛えられる優れた運動です。縄の動きを目で追いながら、適切なタイミングでジャンプするという複合的な動作が要求されるからです。
これらの活動は、単に視覚認知能力を高めるだけでなく、全身を使うことで体力向上にもつながります。また、友達と一緒に楽しく活動することで、社会性の発達も促進されます。
学校でできる支援とは？先生方へ
ビジョントレーニングの効果は、スポーツや日常生活だけでなく、学習面にも及びます。特に、文章問題や音読に困難を感じるお子さんにとって、大きな助けとなる可能性があります。
文章問題の場合、問題文から必要な情報を抜き出し、不要な情報を無視する能力が求められます。これは、まさにビジョントレーニングで養う「情報のピックアップ」能力そのものです。トレーニングを重ねることで、長い文章の中から重要なキーワードを素早く見つけ出せるようになるかもしれません。
音読の際には、次の文字を先読みしながら、現在読んでいる箇所を正確に発音するという複雑な作業が必要です。これには、滑らかな眼球運動と適切な視覚的注意の配分が欠かせません。ビジョントレーニングで培った能力を活かすことで、つっかえることなくスムーズに音読できるようになる可能性があります。
また、ワーキングメモリの容量が小さい場合、長い文章を理解するのが難しくなります。ビジョントレーニングで視覚記憶を強化することで、一度に処理できる情報量が増え、読解力の向上につながることも期待できます。
さらに、ASDやADHDのお子さんの中には、聴覚優位（聞くことが得意）か視覚優位（見ることが得意）かの傾向が強く出る方がいます。視覚優位のお子さんの場合、ビジョントレーニングで視覚情報の処理能力を高めることで、その強みをさらに伸ばすことができるでしょう。一方、聴覚優位のお子さんでも、視覚面のスキルを向上させることで、より多角的な情報処理が可能になるかもしれません。
まとめ：どこで支援ができるか
ビジョントレーニングは、発達障害のあるお子さんの「見る力」を強化し、日常生活や学習活動をより円滑にする可能性を秘めています。しかし、その効果を最大限に引き出すためには、適切な環境と指導が不可欠です。
まず、家庭での取り組みが基本となります。日常生活の中で、意識的に視覚認知を使う機会を増やすことが大切です。例えば、買い物リストを見ながら商品を探す、料理の手順を絵や写真で示し、それに従って調理を手伝ってもらう、などの活動が考えられます。
学校では、個別の教育支援計画にビジョントレーニングの要素を取り入れることができます。授業中の板書の仕方を工夫したり、視覚的な補助教材を活用したりすることで、お子さんの視覚認知能力の向上を支援できるでしょう。
医療機関や療育施設では、専門家の指導の下で系統的なビジョントレーニングを受けることができます。作業療法士や言語聴覚士、臨床心理士などの専門家が、お子さんの特性に合わせたプログラムを組み立てます。
また、地域の児童発達支援センターや放課後等デイサービスでも、遊びの中にビジョントレーニングの要素を取り入れた活動が行われていることがあります。これらの施設を利用することで、専門家のサポートを受けながら、楽しく能力を伸ばすことができるでしょう。
最後に、ビジョントレーニングは決して万能薬ではありません。発達障害の特性は個人差が大きく、効果の現れ方も一人ひとり異なります。また、視覚認知能力の向上だけでなく、聴覚や触覚など他の感覚の活用、そして何より本人の興味や意欲を大切にすることが重要です。
ビジョントレーニングを含む様々な支援を通じて、お子さんが自分の強みを見つけ、それを活かしながら成長していけることを願っています。そして、その過程で直面する困難も、乗り越えられる力を身につけていってほしいと思います。一人ひとりの発達の凸凹を尊重しながら、個性豊かな社会を築いていく。そんな未来への一歩として、ビジョントレーニングが活用されることを期待しています。
