指示が通らないケースを理解し、サポートする方法
私たちの社会には、多様な個性を持つ子どもたちが存在します。その中で、「指示が通らない」という言葉をよく耳にすることがあります。特に、幼稚園や小学校の先生方から、この言葉を聞くことが多いのではないでしょうか。しかし、この一見単純な表現の裏には、子どもたちの複雑な内面世界が隠れています。
ある親御さんの悩みごと
うちの子は慣れないことがあると、対応できず不安になったり、落ち着かなくなる特徴があります。普段からぼーっとしているように見えるところも気になります。普段の様子からすると、全く言っていることが理解できないわけではありません。だけど、言われたことを理解して行動ができないという状態。本人はいたって悪気があるわけではなく、無意識です。
ある朝の幼稚園でのこと。今日は外部より交響楽団の方が演奏を聞かせに来てくれる日。登園すると、すでに準備が始まっていました。わが子は、いつもと違う教室の様子に釘付けになり、早速動作が止まってしまいました。周りの様子が気になって、ぼーっと立ち尽くしています。異なった周りの様子が気になり、朝の準備どころではないようです。
「えー、みんな何してるの？」とか「今日は何でお部屋の様子が違っているの？」「これから何が始まるの？」そんなことを考えているのか、はたまた頭が真っ白になって、何をしたらいいか分からない状態になっているのか、という感じでした。先生の呼びかけも聞こえるけど、何を言っているかが理解できていない様子。
「準備やるよ～」の声掛けも耳に入らず、指示も通りません。パニックになるわけではないのだけど、イレギュラーなことに対応して行動ができないのがよく分かりました。これでは、小学校に入ってから集団での行動についていける気がせず、心配です。
とのことでした。
今回は、発達障害を持つお子さんに焦点を当て、「指示が通らない」状況がどのように起こり、どのようなサポートが可能なのかを詳しく見ていきたいと思います。子どもたち一人ひとりの特性は異なりますが、この記事が皆様の理解を深める一助となれば幸いです。
発達障害のお子さんに起こっていること
「指示が通らない」という状況は、実際には様々な要因が絡み合って生じています。発達障害を持つお子さんの場合、以下のような状態が起こっている可能性があります。
まず、指示そのものを理解できないケースが考えられます。これは、言語処理の困難さや、抽象的な概念の理解に苦労している可能性を示唆しています。例えば、「片付けをしましょう」という指示を聞いても、具体的に何をどうすればいいのかイメージできない子どもがいるかもしれません。
次に、指示は理解できても、何をしたらよいのか分からないという状況があります。これは、計画立案や実行機能の困難さを示している可能性があります。指示の内容は分かっても、それを具体的な行動に移すステップが分からず、立ち止まってしまうのです。
また、他に気になることがあって動けないというケースも珍しくありません。これは、注意の切り替えや集中の維持が難しい ADHD (注意欠如・多動性障害) の特徴と関連している可能性があります。例えば、教室の窓の外で見かけた鳥に心を奪われ、先生の指示に注意を向けられないといった状況です。
さらに、感覚過敏や感覚鈍麻といった感覚処理の特異性も、指示に従うことを難しくする要因となり得ます。周囲の音や光、匂いなどに過敏に反応してしまい、指示に集中できないこともあるでしょう。
発達の凸凹 – 何が苦手なのか
発達障害を持つお子さんの特徴として、発達の凸凹、つまり得意な分野と苦手な分野の差が大きいことが挙げられます。「指示が通らない」という問題の背景には、以下のような様々な苦手さが潜んでいる可能性があります。
運動能力の苦手さは、協調性運動障害 (DCD) として知られています。指示された動作をスムーズに行えない、道具の使い方が分からないといった困難につながります。
聴覚情報の処理に苦手さがある場合、話を聞いて理解することが難しくなります。これは、聴覚優位ではない子どもに多く見られる特徴です。反対に、視覚優位の子どもは、絵や図を使った説明の方が理解しやすいでしょう。
注意力の問題は、ADHD の中核症状の一つです。集中力が続かない、気が散りやすいといった特徴が、指示に従うことを難しくします。
ワーキングメモリの弱さも、指示を実行する上で大きな障壁となります。ワーキングメモリとは、情報を一時的に保持し操作する能力のことで、これが弱いと複数の指示を同時に処理することが困難になります。
言語の意味理解や、聴覚による言語認識の困難さも、指示が通らない原因となり得ます。これは、広汎性発達障害 (PDD) や自閉スペクトラム症 (ASD) の特徴と関連していることがあります。
また、マルチタスクの困難さも見逃せません。複数の作業を同時に行うことが苦手な子どもは、一つ一つの指示を順番に処理する必要があります。
これらの苦手さは、単独で存在することもあれば、複数が組み合わさって現れることもあります。そのため、一人ひとりの子どもの特性を丁寧に観察し、理解することが重要です。
どのようなサポートができるか
発達障害を持つお子さんへのサポートは、個々の特性に応じて柔軟に行う必要があります。以下に、いくつかの効果的なアプローチを紹介します。
まず、教育現場での支援として、加配や支援員の配置が挙げられます。専門的な知識を持つスタッフが個別に対応することで、お子さんの特性に合わせた指導が可能になります。
また、事前に子どもの特徴を教職員や周囲の子どもたちに説明しておくことも有効です。これにより、理解ある環境づくりが促進されます。
児童発達支援センターなどで、日常生活での活動トレーニングを受けることも効果的です。ここでは、指示の理解や実行に関する具体的なスキルを学ぶことができます。
ビジョントレーニングは、視覚情報の処理能力を向上させるのに役立ちます。特に視覚優位の子どもにとっては、大きな助けとなるでしょう。
情報整理のスキルを身につけることも重要です。これにより、指示の内容を整理し、優先順位をつけて行動することが可能になります。
薬物療法も選択肢の一つです。特に ADHD の症状が顕著な場合、適切な薬の服用により、注意力や集中力の改善が期待できます。ただし、これは医療専門家との相談の上で慎重に判断する必要があります。
家庭での過ごし方
家庭は子どもの成長にとって最も重要な場所の一つです。発達障害を持つお子さんのサポートにおいて、家庭での取り組みは非常に重要な役割を果たします。
まず、家での活動サイクルを見直してみましょう。規則正しい生活リズムを作ることで、子どもの安心感が高まり、指示にも従いやすくなります。
外出の機会を増やすことも効果的です。公園やスポーツ施設、図書館などへ出かけることで、様々な刺激を受け、社会性を育むことができます。特に、運動能力の向上や感覚統合の促進に役立ちます。
家での会話を増やすことも大切です。日常的なコミュニケーションを通じて、言語理解力や表現力が磨かれていきます。また、指示の出し方や受け取り方のモデルにもなります。
さらに、家事や身の回りのことを自分でやる機会を増やすことも重要です。その際、声がけをしながら見守ることで、指示の理解と実行のプロセスを学ぶことができます。例えば、「まず服を脱いで」「次にハンガーにかけて」といった具合に、段階的に指示を出していくのです。
これらの取り組みを通じて、子どもの自立心や自己効力感を育てていくことが可能です。ただし、一人で抱え込まず、専門家や支援機関と連携しながら進めていくことが大切です。
まとめ
「指示が通らない」という現象は、発達障害を持つお子さんにとって、単なる反抗や怠慢ではありません。その背景には、様々な認知的・感覚的特性が関わっています。
重要なのは、一人ひとりの子どもの特性を理解し、それに応じたサポートを提供することです。教育現場での適切な支援、専門機関でのトレーニング、そして家庭での丁寧な関わりが、子どもの成長を支える大きな力となります。
発達障害は「障害」というよりも、むしろユニークな特性と捉えることができます。その特性を理解し、適切にサポートすることで、子どもたちは自分らしさを発揮しながら成長していくことができるのです。
一朝一夕には解決しない課題かもしれませんが、周囲の理解と適切なサポートがあれば、必ず道は開けます。子どもたち一人ひとりの可能性を信じ、寄り添い続けることが、私たち大人に求められている役割なのではないでしょうか。
